What is Buddhism? by Takuya Okada

「仏教」とはなにか？――僕の「仏教」――

岡田拓也くんの解答

　それにしても、あなたはいったい誰なのでしょう？あなたは、「仏教を知らない人」みたいです。そして、「キリスト教やイスラームのような一神教の信者」であるみたいです。あなたみたいな人は、今のところ僕の周りにはいません。それに、あなたがいったい誰なのか、あまりにも情報が少なすぎる。日本語を話せるのか。女性なのか、男性なのか。僕とどんな関係の人なのか…。しかし、その問題はひとまず棚上げにしておくことにします。でも、僕は、あなたが誰なのか、ということにこだわりたいのです。その理由は後で明らかにしようと思います。
　あなたは僕に、「仏教」とはどんなものなのかを聞く。仏教についてはほとんど何も知らない「この僕」にです。前置きが長いみたいなので、とにかく話してみます。それも、できるだけ僕なりの言葉に置き換えて、話してみたいと思う。僕は「仏教徒」ではないのだから。

釈尊の「教え」
　「仏教」について語るなら、何よりもまず、その創唱者たる釈尊の「教え」は参照を免れないでしょう。というか、僕はこの釈尊の「教え」にほとんど限定して、あなたに話したい。単線的な時間軸にそって、「仏教」の歴史を「物語る」ことも、確かに必要かもしれない。でも、「仏教」の専門家でもないこの僕が、いちいちそれをあなたに話して聞かせても、あまり有意義なことだとは思えないのです。そういうことなら、百科辞典なり、専門家の本なり読んで自分で学ぶのがよいと思います。それに、釈尊自身がそういう単線的な時間観念を批判した人なのですから。
　また前置きが長くなってますね。とにかく、「仏教」の創唱者は、釈尊です。といっても、彼自身が書き残したものはないのです。彼の弟子たち（マハーカッサパを中心に）が、彼の入滅後に教団の結束をはかるため、生前の彼の「教え」を編集したものが、以後、釈尊の「教え」として広まったものなのです。
　彼は自らの「教え」を書き残さなかった。これは、重要な点なのではないかと僕は思う。それが意味するのは、結論からいえば、彼が常に同時代に在る具体的な他者に向かって、彼らと向かい合って「教え」を説こうと考えていた、ということなんじゃないだろうか。彼のそういう布教活動というか、他者との対話の場面については、色々なエピソードが残っているみたいです。例えば、こんなのがあります（正確かどうかは怪しいですけど）。キサー･ゴーダミーという女性がいました。彼女は自分の子供を亡くし、悲しみに囚われて錯乱状態に陥っていました。そんな彼女を見かけた釈尊は、「あなたの子供を生き返らせてあげよう」といいました。しかし、「そのためには、今まで死人を出したことのない家から、芥子の種を貰ってきてもらわなくてはならない」といいました。彼女は「芥子の種」を探し、家々を巡り歩きました。しかし、彼女はその過程で、どこの家にも死んだ人はいて、彼女だけが悲しみを抱えて生きているのではないことに気付きました。そして、彼女は子供の死を受け入れたのでした（講義ノート参照）。この話が意味するのは、改めていうまでもないだろうけど、釈尊が彼女の問題――子供の死を受け入れられずにいること――を解決するのではなく、解消（宗教的解決）したということなのです。人は死んだら生き返ることはない。だから、残された人間は、死者の不在をなんとか了解して（いや、了解することを放棄して、と言ったほうが正確でしょう）、自分の人生を生きていくしかないのです。こうやって言うと、そんなの当たり前じゃないか、と思うかもしれないけど、僕らは結構、この女の人みたいに、どうしようもない悲しさや、苦痛に囚われてしまうものだと思わないですか！？

「サンスカーラ」とは？
　ここで、「仏教」における重要な概念について説明しくてはなりません。それは、「サンスカーラ」と呼ばれる概念です。サンスカーラとは、「好むと好まざるとに関わらず、対象を捉えようと、対象に向かって無意識に（自分勝手に）働きかけていってしまう力、形成力」のことであり、そして「この形成力によって虚構された世界や事物のこと」です（講義ノートから引用）。例えば、先のキサー・ゴーダミーの話にも、サンスカーラが、僕たちにどのように作用しているのかについてがよくあらわれています。彼女がなぜ錯乱していたのか。それは、子供の死が、彼女が経験的に見につけた因果的な了解を超えた――すなわち認識を超えた――事柄だったからなのです。僕らは、けっして他人の死（もちろん自分の死も）を了解することはできないのだと思います。それでは、ここでサンスカーラはどのように作用しているのか？彼女は、なんとか子供の死を認識しようとする、がそれはできない。この「認識しようとする」というのが、サンスカーラです。僕らは、真理を、すなわち事物の真の姿を捉えることはできません。僕らが認識している事物の姿と、事物のありのままの姿の間には必ず「ずれ」があるのです。それを仏教の言葉では「苦」と呼びます。この「ずれ＝苦」を補うためにサンスカーラが発動されるというわけです。釈尊は、彼女のサンスカーラを取り払ってやることで、彼女を「心の平安（涅槃）」へと導いたのです。
　このように釈尊は、当時に在った具体的な他者との対話によって、彼の「教え」を広めようとしたのです。ここで、僕が「あなたが誰なのかにこだわりたい」といった訳も分かったのではないでしょうか。僕たちは、「あなた」と「僕」が何を――言語であったり、言語によって学んだ「知識」や様々な規範を――共有していないのか、そういう相互の欠如を通して、はじめて関係性を築けるんじゃないだろうか！？釈尊は、常にそういうふうにして、相手の欠如を具現化――言葉によって、あるいは実際の行動によって――することで、他者を「心の平安」に導こうとしたのではないだろうかと僕は思う。
　しかし、サンスカーラについて、注意しなくてはならないことがあります。それは、
サンスカーラが、「日常の人間生活を営むためにはある程度必要不可欠」であるということです（講義ノート参照）。ここには「無明」が関わっています。「無明」とは、「真理に暗いこと」という意味の仏教の言葉です。つまり、僕らは、事物の「ありのままの姿」、すなわち「真理」を、けっして捉えることはできない、ということをこの言葉は意味しています。「真理」は、私たちの認識から永遠に遠ざかっていくものです。それを認識したと思った瞬間に、それは認識の網から逃れ去っていくものなのです。僕たちは、「真理」を捉えよう、事物のありのままの姿を認識しようとするなら、永遠に挫折を経験することになるわけです。この挫折を補償するために、サンスカーラが必要とされるわけです。要するに、僕らはサンスカーラを通してしか、この世界を、そして、そこに内在するあらゆる事物を認識することはできないということなのです。たとえば、僕らは自分が自分であること、または他人が自分ではないことを認識できるのは、サンスカーラによってなのです。ここから完全にサンスカーラを取り払ってしまうなら（そんなことは無理でしょうが）どうなるか。僕らは、「自分」と「あなた」の区別をすることもできずに錯乱状態で生きることになるでしょう。
　それともう一つ、釈尊の考えた「時間」についても話しておかなくてはならないでしょう。僕らは「時間」について、因果律的な考え方をしがちだと思いませんか。つまり、何らかの出来事が起こるのは、それ相応の原因があってのことだというように。つまり、すべての出来事は必然的に起こるのだ、と。例えば、キサー･ゴーダミーの話しに戻るなら、彼女は子供がなぜ死んだのかが分からないために苦しんでいたんだと思います。子供はなぜ死んだのでしょうか？病気かなにかで死んだと仮定して、では、なぜ病気になったのか。現代的にいうなら、ウィルスに感染したからでしょう（他の可能性も考えられますが）。しかし、なぜ、よりによってその子供がウィルスに感染しなくてはならなかったのか、他の人でもよかったのではないか、と問うてみましょう。これにももしかしたら原因があるのかもしれない。しかし、その原因は僕らには分からない。したがって、僕らには偶然だとしか言い様がないわけです（もちろん、「神」がいると考えるなら、すべては「神」に原因をもつということになるのでしょうが…）。このように、因果律的な考え方でいくら原因―結果の連鎖を追っていったところで、結局は無限に続く連鎖が待っているだけですよね。釈尊はキサー・ゴーダミーが、そういう考えを放棄するように促した、という見方もできると思います。彼の「教え」によるなら、因果律もまたサンスカーラの一つなわけです。その意味で。釈尊の「教え」は、偶然性の肯定なんだと僕は思います。

釈尊の「態度（中道）」について
　釈尊はサンスカーラに囚われた思考を批判したけど、それは、当時の社会に支配的なサンスカーラを批判したのであって、サンスカーラ（力、形成力としての）自体を否定しようとしたわけではありません。ここで、当時の社会的な状況について、少し話す必要があるでしょう。釈尊が、彼の「教え」を広めるようになる前後の時代（紀元前５世紀頃）――すなわち、「仏教」が誕生する時代――はバラモン教（これはヒンドゥー教の古典期ですね）支配による階級社会でした。バラモンを頂点として、武士（クシャトリヤ）、庶民（バイシャ）、奴隷（シュードラ）という４つの階級（ヴァルナ）によって人々の身分が区別されていたのです。このような支配に対して、当時、庶民階級の側から反発が起こり始め、バラモンと対立するようになってきていたのです。そのような動きの中から、自由思想家（または、沙門〈シャラマナ〉）と呼ばれる人たちが登場してきます。彼らは、バラモン教の教義の中心である「輪廻」や「業」、「解脱」といった観念を否定するのです。
　「輪廻」とは、生と死の円環のことであり、全ての生物はこの円環の中で、生と死を繰り返しているという考え方です。これは因果応報の説に基づいたものであり、現世での行為（これを「業」と呼びます）の善悪によって、来世でどのようなものに生まれ変わるかが決定されるという考えです。つまり、現世で、善い行いをしたなら、来世でもまた人間として、あるいはそれ以上の存在として生まれてこられる、その逆に、悪い行いをすれば、人間以外の動植物として生まれるというわけです。この「輪廻」の円環から抜け出ること、それが「解脱」です。「解脱」した者は、「輪廻」の円環の内部に属す者のように、生死を繰り返すことがない、つまり「不死」を得ることになるというわけです。
　これに対して、反バラモンの自由思想家たちは、なんらかの形で「輪廻」思想からの脱却を図ろうと考えていました。しかし、このような観念論対決は不毛な議論に終始するしかないでしょう。こういってよいなら、彼らはそれぞれ、別々の異なる世界に生きていたのです。数学的にいうなら、彼らはお互いに、異なる公理系（サンスカーラ！）によって世界を認識・説明しようとしていたということができるでしょう。だから、始めから議論にすらならないのです。
　そのような状況にあって、釈尊は、このバラモンと反バラモンどちらにも組することなく、独自の「教義」を築こうと考えたわけです。彼は、「輪廻」がどうのこうという、観念論対観念論の形而上学的な議論を放棄すること、それが釈尊が修行によって至った境地なのだと思います。このような「態度」が、仏教で言われるところの「中道」です。
　僕はここで、彼の、その「境地」に至るまでの過程に注目したい。僕らは「サンスカーラを捨てなさい」などと言われると、「そうか、サンスカーラを捨てて、真理を見つめなくてはならない。僕らはサンスカーラを通してしか真理を見ていなかったんだ。認識には限界があり、真理は認識の外にあるのだから、認識しようとすることなんて馬鹿げているのだ」と考えがちだと思わないですか！？しかし、このような考えも、また、一つのサンスカーラなんだと思います。釈尊はこのような考えとは無縁の人だったということは言うまでもないでしょう。彼が「心の平安（涅槃）」、「輪廻は尽きた、解脱した」の境地に至るまでの過程において、私は詳しく知りませんので（いったい誰がこれを知っているというのでしょう）、勝手に想像するしかないわけですが、彼は認識を、つまり経験的に得た因果的な了解を極限まで突き詰めたのではないかと思います。僕たちは、認識は認識できることすべてを認識できるのだ、ということも忘れてはならないのだと思います。
　彼が「突き詰めた」、その過程が大事なんだと僕は思うのです。その先で、始めて「処方箋としてのサンスカーラ」（講義ノート参照）というのが意味を持ってくるだと思います。形而上学的思考をいくら批判したところで、依然として僕たちはそういう「世界」の内に生きているのですから。つまり、僕らはサンスカーラを媒介して世界をみるしかないわけです（サンスカーラを媒介しないで世界をみる視点、とは、まさに「神」「仏」の視点のことです）。「批判」はできても「否定」はできないのです。僕は、形而上学によって突き詰めた先に、もはやそれ（形而上学的思考）が意味をなさないような「場所」があらわれるのではないかと思うのです。いいかえるなら、先程もいったように、経験的に得られた因果的了解による認識は、永遠に挫折し続けるしかないのかもしれないが、僕たちは、その挫折によって「真理」を、事物のありのままの姿を予見することできるのだと思うのです。形而上学的思考については、こう例えられると思います。それは「梯子」のようなものである。梯子がなければ、僕たちはその上にのぼることはできない。しかし、最後には、梯子ははずされなくてはならない。ここで、またもキサー･ゴーダミーの小話に戻るなら、彼女は、子供の死によって、「真理」の了解（認識）不可能性を経験し、さらにそこで「真理」を、つまり「死」という出来事の「ありのままの姿」を予見したのです。それが、彼女が錯乱していた訳だといえるでしょう。釈尊は、彼女が、その了解不可能性を引き受けられるように（梯子をはずすように）仕向けた、というのが、このキサー･ゴーダミーの小話が意味することなのではないでしょうか。
　少し話を戻して、釈尊のとった態度、すなわち「中道」は非常に重要なことだと思います。「中道」というのは、仏教においては基本的な立場であると考えられているようです。しかし、注意しなくてはならないのは、それは、一つの「立場」とは呼べないような「立場」だということです。その意味で、私は「態度」という言葉を使っているのです。僕たちが、一つの安定した「立場」に立って事物を見てしまった瞬間、そこには既に、サンスカーラが働いているというわけです。ここは、とても微妙な話だと思います。ある仏教の学者の方が興味深いことをおっしゃっていました。

　　中観派の創始者とされる龍樹（ナーガールジュナ）は，空・中道が絶対視される
　ことを非常に危惧し，様々な方法で人々の「真理とされるものに対する執着」を取
　り除こうとしました．どんなに素晴らしいものであっても，それが煩いの種になる
　なら捨て去るべきなのです．それがたとえ「空・中道」であったとしてもです．な
　ぜなら，その「空・中道」は，もはや「空・中道」としての本来の意味・働きを持
　っていないからです．（註）

　このことは、例えば、「自由主義」について考えてみれば分かり易いかもしれません。「自由主義者」は「自由」を主張する。しかし、「どのような政治的立場からも自由でなくてはならない」と、自由主義者が言ったとします。この言葉には矛盾があります。「自由でなくてはならない」という言葉は、すでに「自由」であることを一つの立場として定位してしまっているからです。つまり、真の「自由」を主張するためには、「自由でないこと」の「自由」も承認しなくていけないのです。これは、他のどのような「主義」にもあてはまることだと思います。どのような「主義」も、それによって世界を構成しようと考えた瞬間、一つの「原理主義」的立場としてあらわれることになるのです。

空海と釈尊
　先程も言った通り、サンスカーラは、私たちが日常生活にある程度、必要なものです。しかし、それは「真理」へと向かったもの（梯子としての）でなくてはならないのです。これを、「処方箋としてのサンスカーラ」と呼ぶことにしましょう（講義ノート参照）。ここで、平安時代の初期にあらわれた「偉大な仏教者」、空海について少し話したいと思います。
　空海は非常に優秀な人だったようです。彼は、遣唐使の留学生として、現在の中国の地へ渡り、長期間にわたり中国密教を学びました。帰国後、彼は真言宗を開き、完成された体系的な「教え」を説きました。彼の「教え」は、簡単にいってしまえば、仏の象徴としての本尊を拝み、それと合一することで成仏できるという、こういってよいなら、神秘主義的なものです。このように言うだけなら、単なる偶像崇拝であって、つまり、サンスカーラが発動中なのですが、空海はそのことは承知のうえで、このような「教え」を説いていたようです。つまり、「真理」へ至る方法としての「梯子」、すなわち「処方箋としてのサンスカーラ」ですね。
　しかし、空海は、ちょっと優秀過ぎたのかもしれません。彼も、やはり、釈尊のように「突き詰めた」のでしょう、そこで人々を「真理」へと導くために「処方箋としてのサンスカーラ」が必要である、と考えたのかもしれない。しかし、彼は、「答え」だけを広めようとしたように僕には見えるのです。ちょっと言葉が悪くなるけど、「なめるな」って感じがします。彼は釈尊のように「突き詰めた」のかもしれない。でも、その過程を素っ飛ばして、「処方箋としてのサンスカーラ」を広めようなんて、ちょっと、一般の大衆を馬鹿にし過ぎなんじゃないだろうかと僕は思う。そういう言説には、「余計なお世話だ」とまずは言ってやるべきじゃないかな！？でも、これは僕の誤解かもしれないです。それに、もし正しいとして、彼のいわんとすることは、僕はなんとなくだけど分かる気がしますけどね。空海が「非常に優秀な人」だったということから考えるのなら、当時は、そういう態度が必要な時代だったのかもしれません。つまり、人々があまりにも当時の社会的な現実に絶望していていて、「心の平安」を得にくい時代であったのかもしれません。現に、彼が生きた平安時代の初期は、中国から輸入した「律令制度」が、日本の現実的な状況にマッチしきれずに、様々な矛盾が露呈してきており、その修正過程だったみたいなんですね。また、武士の勢力が台頭してきた時期でもあって、ちょうど時代の変わり目だったみたいなんです。いずれにしても、空海の「教え」が、神秘主義的であったり、偶像崇拝を推奨すものだからといって、それほど簡単に否定し去ることはできないでしょう。

最後に
　空海のほかにももちろん、親鸞、法然、日蓮、など偉大な「仏教」の僧の方々はいると思います。しかし、彼らの「教え」が「仏教」であるか否か、それを判断するためにも、僕らは常に釈尊の「教え」に戻らなくてはならないと思います。しかし、もちろん、彼の「教え」や彼の存在自体が絶対的だということではありません。彼がどうやって「突き詰めた」のか、その過程を考えるべきなのじゃないか、ということです。今回、僕はあなたに「仏教とはなにか」を教えるために、僕なりに釈尊の「教え」について考えてみました。そして、僕が知るかぎりでの「釈尊の教え」から、僕が学んだのは、彼の姿勢・態度です。それは、仏教でいうところの「中道」であり、また、彼が「心の平安（涅槃）」へと至り、そこからとった「態度」です。「仏教」と呼ばれる宗教が、「仏教」的なものであるか否かについては、この釈尊の「態度」が受け継がれているかどうか、そこが判断のポイントになるのではないかと僕は思います。
　それと、彼が絶対的ではないということ、また、釈尊が生きた時代と、私たちが今生きるこの時代は異なるということからいって、釈尊を模範的に反復しようというのは間違いだと思います。私たちが彼から学べることがあるとしたら、彼のとった「姿勢」というか、「態度」なんだと思う。それは、一言でいうなら、「事実をみつめよう」という「態度」だと思います。それを僕らが実践しようという時、僕らは釈尊の「教え」を参照しなくてはならないのだと思います。もちろん、「批判精神」をもってです。
　「神」や「あの世」を想定したりすること、または偶像崇拝や神秘主義も、仏教的にいうなら、やはりサンスカーラだと思います。「処方箋」といってみたところで、やはりサンスカーラはサンスカーラですね。といっても、私はあなたの「神」を否定する積もりはないのです。そんな権利は私にあるはずもないことは分かっている積もりです。そんなことをするなら、例の「ファンダメンタリスト」たち――○○○○○・ファンダメンタリストや、あるいはマネー・ファンダメンタリストなど、その他様々なファンダメンタリストが存在しうる――と何にも変わらないですからね。政治的な話はさておき、とにかく、私が否定するのは、私にとっての「神」であり、また、誰にでも信じられなくてはならないような「神」のことです。私は仏教徒でもなければ、あなたのように「唯一の（絶対的な）神」を崇拝するような宗教の信者ではないんだから。ちなみに「仏教」には、「唯一絶対の神」はいません、といったら蛇足になるでしょうか。
　でも、僕らにとってサンスカーラは、やはり必要なものであることは確かです。というか、それを避けることはできないのだと思います。僕の考えはこうです。「神」の存在によって、すべてを必然と考え、絶対的な根拠を得ることで「かりそめの元気」に生きるのか。「神」（神には限りませんが）を拒否して、なかなか元気はでないけど、偶然性を肯定し、無根拠に生きるのか。この二つは裏腹で同じことです。それなら、僕は後者を選ぶ。また、これは、「仏教」の考えに近いものでもあると思います。
　最後にあなたにいっておかなくてはならないことがあります。それは、あたり前のことだけど、僕がここで語った「仏教」は、あくまで僕の「仏教」だということです。「仏教」について教えてくれといわれたのに、ちょっと僕の考えを盛り込み過ぎたかもしれません（それに、僕はあまりにも「仏教」に疎い）。しかし、「仏教」がどんなものであるかついての一般的な解説なら、専門家の方にでも聞いたほうがよい。その手の本なら幾らでもあるでしょう。しかし、あなたが「仏教」について知りたいのなら、あなたはあなたにとっての「仏教」を見つけ出さなくてはならないのです。それが、「仏教」の説く「教え」の中心なのだと思います。いくら釈尊のような偉い人の「教え」であっても、また僕のような人のいうことであっても、それを無批判に受け入れてしまうなら、それこそ釈尊の「教え」、そして仏教的な「仏教」の教えに反することだと思います。「突き詰めていくこと」、その過程を飛ばして、「心の平安（涅槃）」に至ろうなんて虫のいい話だと、あなたも思いませんか？

（註）鈴木隆泰「11/29 授業の感想8号と回答」〔山口県立大学国際文化学部アジア文化論研究室宗教文化研究（仏教文化）、2002年〕から引用
　URL: http://suzuki.ypu.jp/2002/buddhism/11-29.html

【参考資料】
宗教文化研究（仏教文化）の講義ノート
『世界大百科事典』日立デジタル平凡社、1998、「仏教」の項目