トンビアタック


去る 2001年の 5/13(日),萩にドライブに行って鳶(とんび)に襲われました (-_-#
そのときの模様を日記風に書いてみましょう.

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5/13(日)
今日は山口に来て初めてのドライブである.天も味方したか,空も晴々と澄み渡り,ドライブ日和としては絶好のコンディションであった.

愛車はもはや値のつかない(実際売ろうとしてもつかなかった)国産3リッター.いまだにドアミラーではなくフェンダーミラーという代物だが,私としてはフェンダーミラーの方が好きだ.それに基本性能が悪い車ではないので,問題なくすいすい走る.車検を通ったばかりなので問題があったらそれこそ問題なのだが.

海である.そう.萩は海,それも日本海に面しているんである.知らなかったー.しかも萩は長州藩の中心的都市だったわけで,見所たくさん雨あられ状態なのだ.こりゃ,山口に来て萩を見ないのは,映画館に行って予告だけを見るようなもんだよと心底感じ入ってしまった.

見所の一々を紹介することは控えよう.体験をことばにうつすことは,仏教の開祖お釈迦さまも経験された大難事であって,凡夫の私には到底及ぶべきことではないからだ.

しかし,ただ一つ,これだけはどうしてもことばに射影してお伝えしたいことがある.それは何を隠そう,「萩のとんび」の悪行三昧のことだ.

笠山(とっても小さいことで有名な噴火口がある)で,海を臨む斜面に腰を下ろしてお弁当を広げていたときのことだ.右手に一口だけかじった梅干しおにぎりを持ち,左手でお茶を飲もうとしたそのとき,私の右舷を高速で通過する物体が認知されるのと同時に,右手に鈍い衝撃が走った.

「なんだ?!」訝しがる間もなく,私の右手にあったはずのおにぎり(中身の梅干しとくるんでいたラップ付き)が跡形もなく消え去っていた.

そう.これが鳶の襲撃,名付けてトンビアタック(そのまんま)である.この最初の襲撃(ファーストアタック.当然セカンドアタックもこのあとに来ることになる)ではただ単におにぎりが奪われたのみであった.右手に走った鈍い衝撃はおにぎりがラップごともぎ取られた際のもので,右手そのものには何の損傷もない.ある意味では憎いほど上手にかっさらっていったわけである.

しかにいかに上手とは言っても,人間様のものをかっさらうのはよろしくない.それが食べ物なら尚更だ.「とんびに油揚げさらわれた」とは人口に膾炙した言い回しであろうが,「僕,とんびにおにぎりさらわれちゃたの」では子供の学芸会の出し物にもならないだろう.

だが,どうするか.奴らは鋭いクチバシとかぎ爪を持った空飛ぶ要塞である.ショットガンでも持っていれば撃ち落としてやるのだが,免許も持っていないし,そもそもこんな場所でショットガンをぶっ放したら私の手が後ろに廻ってしまうではないか.

よし,ここは力に頼らずに人間の知恵を見せてやろう.そして考え出した作戦が「速攻食べ作戦」である.これは鳶に食べ物を盗られないように体の向きを調節しながら,ものすごい勢いで食べ終えるという,一見すると非常に情けない作戦なのだが,おまけとして缶切りを不定期に頭の上で振り回し,あわよくば襲撃してきた鳶に一太刀お見舞いしてやろうという二段構えの優れた作戦なのだ.

この一見すると極めて情けない「速攻食べ作戦」が功を奏したのか,トンビアタックは発生しなくなった.だがしかし,先に「セカンドアタックがあった」と予告しておいたように,ファーストアタックとは較べものにならないほどの惨劇を呼ぶことになるセカンドアタックがもうすぐやって来ようとは,この時点ではまだ誰も気づいてはいなかった.

それは食後のデザートのときであった.皆がパウンドケーキを手に,鳶を警戒しながらも談笑していた.すると一羽の鳶が同僚の頭をかすめた.「すわ,セカンドアタックか?!」と思われるかも知れないが,さにあらず.この時点では実被害は生じなかった.本当のセカンドアタックはこの直後に訪れることになる.

今まで一見どころかどう見ても極めて情けない「速攻食べ作戦」を遂行し,体の向きを常に調節していたわけだが,同僚の頭をかすめるような鳶がいることに一層強い警戒感を抱いた私は,同僚が本当にアタックを受けないかどうか非常に心配になった.そして,今までとんびの集団全域に対して張っていた自らの警戒網を,同僚の周囲だけに注がざるを得なくなった.

そう,まさにその瞬間であった.今度は私の左舷を高速で通過しながら,一羽のあほとんびが私が左手で持っているパウンドケーキをかっさらおうとしたのである.

「ドンッ!!」「痛!!」私の左手に激痛が走った.私のパウンドケーキをかっさらおうとした馬鹿あほとんびは,先のおにぎり上手にぬすんだぞとんびとは異り,獲物の捕獲技術が未熟だったのか,あるいは「速攻食べ作戦」の影響だったのか,その狙いが微妙にずれ,パウンドケーキを盗るかわりに私の左手親指の付け根手のひら側に三カ所のかぎ爪跡を残していったのだ.

私の左手からは血がビュービュー噴き出し,見る間に私の衣服を鮮血で染めていった,ということは全然なくて,破れた皮膚と毛細血管から血がたらりと出る程度であった.だけど痛いことに変わりはない.しかも馬鹿あほまぬけのけだものにやられたわけであるから感染症を発こす危険もある.

...その後の殺菌消毒と抗生物質入り軟膏による治療によって,感染症を引き起こすこともなく,もうすぐ左手の傷は癒えようとしている.しかし心に受けた衝撃はそう簡単には癒せるものではない.

私はもともと鳶なるものがそれほど嫌いではなかった.「♪とーべ,とーべー,とーんびー」という歌で昔から何となく親しんでいたせいもあろう.しかし今回のトンビアタックで私の鳶に対する認識は一変せざるを得なくなった.

「鳶恐るべし」「鳶憎たらしい」「鳶の馬鹿アホ間抜け」である.

私はもはや以前のような親しみをもって「♪とーべ,とーべー,とーんびー」と歌うことはないだろう.それは私にとっても鳶にとっても非常に不幸なことであるはずだ.

トンビアタックを受けた帰りの道すがら,笠山の木に「愛鳥週間」だかなんだか知らないが,その手の看板が掛かっていた.おそらくその標語ほど,そのときの私たちにとって相応しくないものはなかったであったろう.

そんな看板をぼんやりと眺めながら,私たちは帰路についたのであった.
END---

そのようなわけですので,皆さんもゾンビ,いや,とんびには十分ご用心下さい.

(鈴木隆泰)


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