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【Cherry Press】 2001/11/28
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News Issue No.8
国際情勢と時事問題特集
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責任編集:清原万里(国際文化学部)

なんと一ヶ月ぶりのNews Issueです。
こんなに遅れたのは、多くの読者の方が、当然この人は一言あるだろうと予想した方
の原稿を待ち続けたからです。待った甲斐があって、本格的なご回答をいただきまし
た。

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[Contents]
1,寄稿家からの回答
2,編集長のコメントと質問

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[質問7]

中東情勢が泥沼化しています。PFLPによるイスラエル観光相暗殺への報復を名目とし
たイスラエル軍のパレスチナ自治区侵攻で、パレスチナ側にかなりの死者が出ていま
す。

そもそも、中東和平がおかしくなったのは、一方の立て役者のラビン首相がユダヤ教
原理主義者の神学生に暗殺されてからで、現在のシャロン政権の行動にも、強硬な宗
教右派の存在がかいま見えます。

話は変わって、以前にアメリカ合衆国のオクラホマシティーで爆弾テロを行った犯人
は、米国内過激派のメンバーでした。今回の炭疽菌テロ事件でも、米国内の過激派の
関与が取りざたされはじめています。つまり米国内にもテロリストはいるわけですが、
そうした過激派のなかには、中絶手術を行う婦人科医院を爆破したり、武装して軍事
訓練を重ねるような、強硬なキリスト教ファンダメンタリストが含まれています。

ちなみに、言葉というのは難しいもので、キリスト教の場合"fundamentalism"は「根
本主義」と訳されますが、イスラム教の場合は同じ言葉が「原理主義」と訳されます。

このところ話題の「原理主義」という用語ですが、こうして考えてみるとかなりいい
加減な使われ方をしていて、正体が見えません。北米のメノナイトやアーミッシュも、
一応「ファンダメンタリスト」と呼ばれ、訳し方によっては「原理主義」にはいるわ
けですが、筋金入りの平和主義者ですので、「原理主義」=「過激派」というわけで
もないようですし、イスラム「原理主義」を標榜して「ならず者国家」呼ばわりされ
てきたイランも、仏教遺跡を爆破したり犯罪者や抵抗者を片っ端から公開処刑してし
まうイスラム「原理主義」のタリバーンと同列に扱われるのは心外でしょう。

その一方では、「原理主義」は過激派の同義語として使われている現実もあります。

ここまでは前ふりで、これからが質問です。

「原理主義」とはどのようなものだと考えればよいのでしょうか。みなさんのお考え
をお聞かせ下さい。

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1,寄稿家からの回答

☆李修京さん(韓国社会論)

反テロ・反報復戦争と日本の国際的役割への提言
                         山口県立大学助教授 李 修


No more wars!! No more victims!!という願いも虚しく、アメリカの報復戦により、
罪のない民間人の死傷者が増加しており、一方ではタリバンの聖戦(ジハード)への
呼びかけによって、パキスタンから義勇兵5,000人余りがアフガニスタン入りしたと
いうニュースが胸を痛めるこの頃です。 アメリカの報復戦が始まって4週目になりま
すが、これからどれくらいの無惨な犠牲者が増えるのかを考えると、「戦争」という
暴力的状況にうんざりしてきます。

戦争とは、出来事に対する表面的感情を処理する行為というきれい事よりも、背後に
ある一部の特権層と戦争利潤を狙う産業界の結託であり、国家レベルで行われる死の
ビジネスの要素を有するものでもあります。その意味で、5兆円以上の戦費投資以上
の投資効果があると確信したから、経済大国のアメリカはあまりにも性急に戦争に挑
んだとも考えられます。まるで戦争を準備していたかのようなす早さで。つまり、戦
時経済を睨んで財閥と特権層が結託し、いわゆる国民感情(アメリカ文明を破壊した
という被害者意識を基礎とする反感)を利用して、自文化の保護や犠牲者の復讐とい
う名目でそそのかして戦争ムードを作り上げ、国家を挙げての戦争に突っ走ったとも
推測できます。合理主義や公正性を唱えてきたあのアメリカですが、明確な物的証拠
すら提出できないまま、何かとあれば軍事機密だといういいわけで逃げ、アフガニス
タンを潰しに取りかかったアメリカの対応には、未だに理解に苦しみます。また、ア
メリカは今回の戦争で一発1億3千万円のトマホークなど最先端の兵器を実戦使用して
おり、それらをバックアップする軍需産業の動きも決して無視できません。その一方、
愛国心や犠牲者のための復讐などの美名の下で死を覚悟して参戦するのは兵士であり、
戦争を命令する側は常に安全な場所にいる特権層だということはWW1、WW2などの歴
史を通しても周知の通りです。

帝国の野望のために自他の国民に「一億玉砕」を唱え、「一億総懺悔」をもって敗戦
を体験した日本は、これらの戦争構図を最も認識している国の一つであるはずです。
多くの犠牲者を生み出し、加害と被害の両面を体験し、未だに戦後清算(歴史総括)
がなされていないため、周辺諸国から自国の歴史に自信を持てないために歴史の美化
やねつ造に走り、過去を総括出来ない国だと批判されてきた日本でしたが、今回のア
メリカ主導の戦争における平和的貢献を行うことによって、確固たる国際的地位を得
る機会であり、その意味で国際社会での日本の役割が試される岐路に立たされている
と言っても過言ではないでしょう。即ち、過去の歴史を踏まえた上で、戦争の加害と
被害の両面を体験している日本こそ、今回の戦争を和平の方向に転換する立場にあり、
タリバン・イスラム政権と欧米文明の仲裁をすることによって、国際社会に堂々と平
和的な貢献をする機会だとも言えるでしょう。そのために、日本政府は自衛隊を派遣
しようとする軍国主義的野心を思わせる行為よりも、将来における国際舞台での日本
の役割を考えて、目先よりも一層大きく地球社会に貢献できる日本のあり方を考えて
もらいたいものです。

また、小泉氏が人権を重んじる人であるならば、自衛隊の派遣においても、愛息の小
泉孝太郎君を前線に送る気持ちになって、もっと慎重に、実戦を知らずに戦後社会で
育った自衛隊員やその家族にも愛着と責任を持った配慮をしてほしいと思います。そ
れからもし、参戦に賛成する人がいるなら、その人が政治家であるならなおさら、率
先して前線へ行ってみてほしい。テレビモニターの画像で見るスマートな世界と阿鼻
叫喚の現実との差を身をもって体験してから参戦を語ってほしいものです。(岩波書
店から以前に出たH・Barbusseの参戦告発小説『砲火』le Feu、を一度読まれると戦
争の実態が伝わってくると思います。)

そして、小泉内閣は、対米政策にあまりに翻弄されず、日本国内の諸問題に目を向け
て欲しいものです。完全失業率5.3%で375万人ものが失業者となった経済不況の対策
や愛媛丸の犠牲者問題と対米責任問題、安全宣言後の狂牛病の再検査という矛盾に踊
らされる肉類関係業者たちの現状など、優先して解決すべき問題が山積みです。しか
し、これら諸問題の解決を等閑視し、国民の不満を、国際テロや今回の戦争にそらす
意図で「国際同盟」ばかりに奔放することは無責任だというほかありません。

多くの犠牲者を生み出した9月11日のテロ行為をいかに理性的に解決するかを期待す
る立場からは、最も原始的な解決法とも言うべき残酷で感情的な「戦争」という方法
が採られたことは残念でなりません。世界的大国としてのプライドを持つ国であるな
らば、少々時間がかかっても、智恵を絞り、対話や交渉などの平和的政策を行うべき
であり、それらを忍耐や苦悩によってこそ、アメリカの本当の大きさとその価値が認
識されたはずではないでしょうか。そして、せっかく国連事務総長のアナン氏がノー
ベル平和賞を受賞したのなら、もっと積極的な和平策構想を国連を中心に工夫すべき
だと切に思っているのは私だけでしょうか。

さて、質問に関してですが、日本では「イスラム原理主義」と呼ばれているのですが、
韓国では「イスラム根本主義」と訳されています。その活動がイスラムの教えの根本
にあるという考えからでしょうか。

原理主義とは、基本的には預言者マホメット(ムハンマド)によるイスラムの教えコ
ーラン(アラビア語)を中心に、それを徹底的に貫こうとする姿勢、即ち、アメリカ
中心のグローバリゼーションに対抗し、資本主義化される俗世界(彼らの信念からす
ると)に対処する方針としての現代的意味をもつものだと考えられます。しかし、コ
ーランには「人を殺してはいけない」と書かれていながら、見せしめのために処刑す
る残酷さや、抑圧されている女性や子供への対応を見るにつけ、イスラムの教典から
離れているのではないかという疑問はイスラム主義者の中にも少なくないはずです。
つまり、タリバン政権のもとで特異な原理主義文化が生まれつつあるのではないかと
いう疑念を抱かざるを得ません。しかし、だからといってそれに対応する西側の武装
攻撃も決して賢い解決方法ではないでしょう。

多国籍の非営利組織の活動による平和的交渉と異文化理解と平和共存への地道な努力
が、今後の地球社会には不可欠になってくると思います。ミランダ法則を唱えるアメ
リカも、「眠る巨人を起こした」ために攻撃されているタリバンも、これ以上の犠牲
を生み出すことは決して国際社会が推進している平和社会への生産的行為ではないこ
とは明確です。
従って、国連や多国籍非営利組織の仲介役としての活躍がこれから大いに期待される
ところです。私たちの緑の地球が人間の血で染まる過去の歴史から脱皮することと、
地球環境問題の解決方法への積極的な模索が行われることが今後の共生社会への最大
の課題となるでしょう。

質問からかなりずれた呟きとなりましたが、最近の一連の動きに不安を感じながら一
言述べさせて頂きました。端的な部分は悪しからず。

☆井竿富雄さん(比較政治論)

 本来なら、最近宮田律氏とともにテレビに出ている臼杵陽氏の近著『原理主義』
(岩波書店)など一読してからものを言うべきなのでしょうが、手に入れてすらい
ないので、知ったふりはできません。というわけで、私の考える範囲のことをお
話します。

 先に名前をあげさせていただいた臼杵氏が「原理主義というなら、ムスリムは
全員原理主義者」という挑発的なことをテレビで言っていました。にわか中東専
門家が、湾岸戦争同様雨後の筍の如く発生している日本の大衆社会状況を批判し
ている底意があってのことと思います。近代化の中で、イスラムの諸価値を再発
見していく考え方は、「イスラム復興主義」と言われることもあるようです。こ
うなると、むしろわれわれが教科書で知っている「宗教改革」。カルヴァンがジュ
ネーブで政権を取っていたことや、クロムウェルの時代の共和国であったイギリ
スなどは、原理主義政権かもしれません。もう一度、その時点でそれぞれの宗教
の出発点に立ち戻り、古典や経典や教義を再検討(場合によっては再発見)して、
新たな時代を切り開こうとする、とでも言ったらよいのでしょうか。単に厳格な
祭政一致と、社会全般への宗教的原則の適用であれば、現在のサウジアラビアも
原理主義政権といわざるを得ないですから。
 ただ、原理主義は、いかなる思想でも(原理主義は、宗教でなくてもあると考
えています)、革命の思想ではありますが、建設と統治の思想ではないです。原
理主義がつねに革命後排除され、敗北し、少数派となり、消えるというのは、原
理主義の持つ宿命のようなものでありそうです。
 あまりお答えになっていませんが、以上のようなところです。

☆鈴木隆泰さん

こんにちは.アジア文化論研究室の鈴木です.

[全体の構成]
1. はじめに
2. 宗教に教義は必須か
3. 宗教に優劣はあるのか
4. 宗教の役割・機能は何か
 4.1. プラスの側面
 4.2. マイナスの側面
5. 教義のない宗教は存在しうるか(予定)
6. 対立を超える方法はあるのか(予定)
7. おわりに(予定)

今回は 1 から 4 まで投稿させていただきます.
# 次回はいつだ? (^^;


1. はじめに
「原理主義」ということばを辞書で引いてみると,次のような説明が載っ
ています.

ファンダメンタリズム fundamentalism
  聖典などその宗教の権威ある源泉に根拠をもつ教義や規範をそのまま
  の形で断固として守り,世俗的自由主義に対抗しようとする宗教勢力と
  その考え方を指す.「根本主義」「原理主義」などに訳される.もとも
  とキリスト教のなかのある勢力に対する呼称として,20世紀の前半に使
  われ始めたが,1970年代以降,イスラーム復興勢力に対して使われるよ
  うになり,さらに世界の諸宗教に対しても適用しようとする人たちもい
  る.(『岩波 哲学・思想事典』より抜粋)


一部簡略化し一部詳しくすると,
  ある宗教の教義を信じ,それに反するもの(他の教義,一般社会など)
  の価値を認めず,激しい姿勢や感情を持つ考え方,あり方.その姿勢・
  感情には敵意や憎悪などの対決色の濃いものもあれば,迷惑と呼べるほ
  どの過干渉である場合もある.

というような感じでよいと思います.

ですが,この定義,実はトートロジー(同意反復)的な側面があります.
なぜならば,教義 dogma ということば自体が「独断的な説」という意味
を合わせ持っているからです.

したがって,この投稿では原理主義について考察する際に,「宗教と教
義」を主題としながら私見を述べさせていただこうと思います.


2. 宗教に教義は必須か
「宗教に教義があるのは当たり前だ」と思われるかも知れません.しか
しそれは近代ヨーロッパの religion ということばの訳語として「宗教」
が選ばれ,「宗教=religion≒ユダヤ・キリスト・イスラームのような
確固たる教義を持つもの」という理解が一般的になって以降においての
み当てはまることです.

簡単な例を挙げてみましょう.例えば山岳崇拝や河川崇拝です.また,
全てのものに神性を感ずるアニミズムなども同様です.これらの「宗教」
に確固たる教義は元来存在しません.人間が触れ合うことのできる自然
現象,それがそのまま神性を有するものであり,人々に恩寵をもたらす
ものだという理解であり,そこには他者の排除や,「独断的な判断=
dogma」が入り込む余地はなさそう(or 極めて少なさそう)です.


3. 宗教に優劣はあるのか
このように言うと「アニミズムは低級な宗教だ」という反論が出てくる
かも知れません.しかしそれもまた「宗教=religion≒ユダヤ・キリス
ト・イスラームのような一神教」を規準軸とした一方的な見解です.す
なわち,宗教現象を発生学的に捉え,一神教に向けて昇っていくヒエラ
ルキーを作業仮設として構築した上での見解に過ぎず,学問的方法論の
見地からすれば余りに一面的過ぎるのです.

そして,なぜこのようなヒエラルキーが構築され容認されてきたかも言
わずもがなだと思います.

チャプタータイトルの解答には到底至りませんが,少なくとも「一神教
=高級,アニミズム=低級」という理解に問題があることだけはお分か
りいただけたものと思います.

そもそも宗教の役割とは何なのでしょうか.なぜ人は宗教を信じるので
しょうか(より厳密に言えば,「なぜ人間の文化活動の中に宗教という
ものがあるのでしょうか」ということです).

私たちの直面している問題を見据えていくためには,この問題を押さえ
ておくことの方が,宗教の優劣を論じるよりもはるかに有益でしょう.


4. 宗教の役割は何か
神(一神教的であれアニミズム的であれ)が存在するのかしないのか私
には分かりませんし,神がこの世界を含め万物を創造したのかも私には
分かりません.ここではそのような議論には一切触れずに,現実の世界
において宗教が果たしている役割・機能の一部を見ていきます.

4.1. プラスの側面
人間には分からないことがたくさんあります.今後どれほど科学が進歩
しようとも,それがなくなることはおそらくないでしょう.

例えば,
 (1)この世界はいかにして始まったか(世界開闢)
という問題があります.この問題に対しては,古来一神教では全知全能
の神による創造であると説明してきました.

もちろん現代科学は「ビッグバンに始まる宇宙の展開」という別の解答
を出しています.そしてビッグバン以前の世界に対しても「宇宙は膨張・
収縮を繰り返す」という説が提出されています.しかし,仮にその説
が正しいとしても,「なぜ宇宙はそのような構造になっているのか」
「宇宙に満ちあふれる質量(=エネルギー)の源はどこか」と問われた
場合には,現代科学であっても答えに窮してしまいます.

興味深いのは,そのように問われた場合,欧米の第一線の学者・研究者
の中に「それは神の意志である」という捉え方をしている人がいるとい
うことです.その人のバックボーンにキリスト教があることは言うまで
もありません.

ここまでは「人間が分からないこと」の例として宇宙の始まりを挙げて
きましたが,分からないことはそれだけには止まりません.
 (2)人は死んだらどうなるのか
 (3)ずるをして得するのと,正直に生きて損をするのとどちらがよいのか
 (4)なぜ私(だけ)が不治の病気になってしまったのか
 (5)なぜ人を殺してはいけないのか
などなどです.

これらの問題((1)から(5))は,人間の経験や理性によっては解決する
ことができません.このような問題を「形而上学的問題」と言います.

上記の形而上学的問題の中で,(5)の「なぜ人を殺してはいけないのか」
は形而上学的問題ではないと思う人がいるかも知れません.なるほど,
たしかに法律で殺人を禁止している国がほとんど(全て??)であるのは
事実です.では戦争はどうですか? 戦争は
  人を殺せば殺すほど誉められる(戦功を立てる)
という論理のもとで動きます.この論理のもとではもはや (5) は自明の
ことではありませんね.(5) もやはり形而上学的問題なのです.

このような形而上学的問題に対し,宗教は解答を与えてくれるとともに,
そのような問題に悩まされない安らぎをもたらしてくれます(「くれる
ことがあります」の方がいいかも知れません).


4.2. マイナスの側面
宗教はその内部に属している人々に,4.1 で述べたような「形而上学的
問題に対する解答や安らぎ」を与えてくれます.しかしここで確認して
おかなくてはならないことは,
  その宗教がもたらしてくれる恩恵は,その宗教内部に限られる
ということです.そしてこのことは直ちに
  その宗教の教義は,その宗教内部においてのみ有効である
言い換えれば,
  教義 dogma はその宗教内という閉じられた系の中でのみ適用される
  教義 dogma はその宗教の外には適用されない/適用できない/適用してはいけない
と同値であることを意味します.これは教義 dogma の持っている本質的
性格ですし,逆に言えば,このような性格だからこそ「教義 dogma 独断
的な説」として成立しうるのです.

問題が生じるのは
  教義 dogma はその宗教の外には適用されない/適用できない/適用してはいけない
という原則を逸脱したときです.原理主義の問題も,結局はここに帰着
します.



諸般の事情により 5, 6, 7 については次回以降とさせて下さい.私の講
義「宗教文化研究(仏教文化)」を受講している方なら,これから私が
何を言い出そうとしているのか察しがつくかも知れませんね.

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2,編集長のコメントと質問

今回はかなり長い回答がありましたので、ボリュームのある号になりました。読むの
が大変そうですが、中身の濃い回答をいただけるのはありがたいことです。鈴木さん
の回答は、続きを期待して待ちましょう。続きが届けば、Issueのテーマに関わりな
く、回答を掲載いたします。

では質問に行きます。

[質問8]

たまには身近な問題を考えましょう。

小泉総理大臣は、道路公団の民営化と、四全総で決定された高速道路整備計画の見直
しを主張して、永田町で大騒ぎを引き起こしています。

山口県も含めた地方公共団体は、総じて、整備計画見直しに反対の姿勢を表明してお
り、政府対地方の戦いの様相も呈してきました。

そこで質問です。

日本に、高速道路はまだ必要でしょうか。それとも、計画を見直して今後の整備を縮
小すべきでしょうか。お考えをお聞かせください。

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