What is Buddhism? by Naoya Okamoto

仏教とはこういうものですよ、隆泰くん。

岡本直也くんの解答

　　「仏教の開祖は誰だと思う？」という質問には多くの人が「釈迦」か「お釈迦様」と答えるでしょう。俗にこういった呼び方をされるこの人物は、学術的には「釈尊」と呼ばれているんですよ。というのも、釈迦という呼び名は実は、部族を示す呼び名で、仏教の開祖を示す語としては正しくないんです。「釈迦族」に生まれた聖人（尊）。つまり「釈尊」。彼はもともと釈迦族の王家の生まれです。おまけに生誕したとき、仙人に「この子は将来出家し、多くの衆生を救うか、さもなくば、偉大な王になるだろう」と預言を受けたものだから、父は彼を大変に可愛がり、贅沢の限りを与えて育てました。何不自由なく過ごしてきた彼でしたが、ある時鳥が虫をついばむところを見て弱肉強食の現実を知り、ふさぎこんでしまいます。あらゆる苦しみから無縁であった王子は、この些細な出来事から敏感にショックを感じ、自らを囲む贅沢な環境に疑問を持つようになりました。またある日、王子が王城の四つの門から遊びに出たときの事。彼は東の門で老人、南の門で病人、西の門で死人を見かけました。そして、老いること、病にふせること、死ぬこと、そしてそういった苦しみを背負いながら生きること（生老病死）の辛さを目の当たりにし、激しく思い悩んだんですね。苦労も知らない世間知らずの王子が、生きることがそういう辛いことであるのを知ってカルチャーショックを受けたわけです。そして、最後の北の門で出家者を見かけ、その立派さに心を打たれ、出家を決意しました。彼はそのショックで乱れた心を平安にしようと、放浪と幾度もの修行、瞑想を重ね、ついに菩提樹の下で悟りを開くにいたりました。これが仏教の始まりにあたるわけです。
　ここまではオッケーですか、隆泰くん？では、釈尊の思想の一部を紹介しましょう。釈尊は、人間の持つ主観性と客観性について次のように考えました。「人間は常に自らの思い込みにとらわれて生きている。主観で物事を見るとき、我々は対象を見たいように見、理解したように理解し、把握したいように把握する。つまり、自分の中に世界を取り込んで把握するのである。」そういった思い込み、主観のことを「サンスカーラ」といいます。サンスカーラは自分の予想、想像に過ぎないわけだから、サンスカーラで捉えた世界とありのままの世界との間にはギャップがあるわけです。そのために人々は嘆き、苦しみ、思い悩む。また、サンスカーラにとらわれすぎると事物を客観的にみることができなくなり、自分のサンスカーラに適合しないものを受け入れられなくなる。特に宗教においていえば、宗教というもの自体が人間の生活の基盤となりうるものだから、その特徴は顕著となります。ある二人の人間、A君とB君が同じ宗教を信仰している場合、二人の主観は似通ったものとなる。ところが、異なる宗教をそれぞれ信仰している場合、二人の主観は全く異なったものとなり、ときには対立し、争うこともあります。
A「うちの宗教の〇×がすばらしいんだよー。君も信仰したらどうだい？」
B「いやいや、君の宗教のここが正しくない。そんな宗教はやめたほうがいいよ！うちの宗教の方が正しいんだ。」
A「なんだとー、言ったなこの野郎！」
B「やるってのか！」
ポカポカ････ってなかんじで。彼らはそれぞれ自らの宗教の「正義」を信じているわけですが、この場合、その正義自体がサンスカーラとなっており、いさかいの原因となっているんですね。
釈尊は自分の心を平安にするためには、サンスカーラに惑わされることなくありのままに世界を認識すべきだ、と考えました。サンスカーラに惑わされることなく正しい認識を持つことにより、不必要な煩悩を捨て、自らの持っているエネルギーを限りなくプラスの方向だけに使えるようになる、と。そうして彼は悟りと平安を得たのですが、彼ははじめ、その悟りを人々に説こうとはしませんでした。彼が何故教えを説く気になったのかが次のようなエピソードとして残っています。
我の証得せる此の法は甚深にして、難見、難解、寂静、美妙にして、尋思の境を超え、至微にして智者のみ能く知る所なり。而して阿頼耶を楽しみ、阿頼耶をよろこぶ衆生にありては、この縁依性（えんねしょう）・縁起なることわりは難見なり、また一切諸行（しょぎょう）の寂止、渇愛の滅尽、離、滅、涅槃なることわりもまた甚だ難見なり。もし我、法を説くとも他人、我を了解せずば我いたずらに疲労困憊せんのみ。・・・中略・・・かくの如く思択して世尊は心に黙然を思い説法せんとは欲したまわざりき。
『南伝大蔵経』律蔵大品より　
つまり、自分の悟った内容は一般に受け入れられやすいものではない。ならば自分ひとりで悟りの境地を愉しみ、人に勧めるようなことは控えよう、と考えたのです。釈尊は自らの実感によりサンスカーラというものを把握しましたが、同時にその悟りを他の人に解らせようとすれば、彼らの理解すらもサンスカーラとなってしまうことを承知していたのです。そこにヒンドゥー教の神であるブラフマー（梵天）が現われ、次のように懇願しました。
汝は智慧優れた　汝は智慧優れたる普眼者なれば法所成の高楼に上り　自らはすでに憂苦を超えたれば　願わくば憂いに沈み生老に悩める衆生を視たまえ
『南伝大蔵経』律蔵大品より
ブラフマーは釈尊に、「あなたは優れた感性をもっているのですでに悟りを開いたが、衆生は未だ悩み苦しんでいる。是非彼らに教えを説き彼らを救いたまえ。」と言いました。三度の懇願の後、釈尊はとうとう教えを説こうと決めたといいます。
こうして釈尊は、人々にその思想の糸口を伝えようと、インド中を放浪し、悩める人々の相談を受けて回ることにしました。しかし、人の悩み、苦しみはまさに千差万別、一様ではありません。人の数だけ異なった悩みが存在します。そこで彼は教えを請う人それぞれに合った教えを説くことにしました。言い換えれば、ひとつひとつの悩みに対して、医者が患者に処方箋を出すようにひとつひとつ状況に合った教えを説いたのです。釈尊のこのスタイルは人間の煩悩への対応として、最も自由で、最も自然で、最もリアルなものでした。
彼のやり方は次のように例えられます。「真理」というものをリンゴに置き換えます。サンスカーラにとらわれている人々は、放っておけば自己世界の外にあるリンゴの存在を知らず、リンゴを食べようとはしません。そこで釈尊が教えを説いて人々にリンゴの味を伝えます。リンゴとは「おいしいものだ」と知らしめるのです。人々はそれにより「食べたい」と欲し、自ら真理を求めるようになります。釈尊は人々に教えを説くことで、真理にいたるための意欲を煽っているのです。釈尊が「仏陀」という別称を持つのはこのためです。「仏陀」という言葉には「真理」、あるいは「真理を説くもの」という意味が込められています。
　こうした釈尊の、幅の広い人間味あふれたやり方により、仏教はアジアを中心に広まりました。そして、大乗仏教、上座部仏教など、地域と時代の移り変わりによって大きく変化していくこととなります。仏教の本質は基本的に正統性に対する執着は弱く、他の宗派の存在を一応は容認する傾向が強いといえます。それは日本の仏教が浄土宗、臨済宗、時宗など、数々の宗派に分かれていることからも解ります。それはある意味では、様々な悩みに対しそれにあったやり方で教えを説くという、釈尊の意思に沿っているといえるのかもしれません。しかし悩み、教えを請う人々を、ガチガチに教義で固め、他の宗教、または宗派に対して排他的な姿勢をとるようになっては、人々を真理に向けさせることはできないでしょう。そもそも宗教がなぜ社会に求められているのかといえば、人々を煩悩から解放し、安楽をもたらすためです。それぞれの宗教の教義に固執するあまり、それにそぐわないものを攻撃するようでは、宗教の社会における役割を果たしているとはいえません。仏教がインドを発端にして民衆に受け入れられ、広まっていったのは釈尊のスタイルがあってこそでしょう。
　解りましたか、隆泰くん？

補足説明　このレポートは某「隆泰くん」に仏教を説明するという設定で書いております。隆泰くんはあくまで架空の人物です。くだけた表現が多く含まれていますが、気にしないで下さい。