YPU SOAS 2004 基礎演習 II・IV 12/14

12月14日
一ノ瀬泰造

Ａ：では。一ノ瀬泰造っていう人を知っている人？
Ｂ：はーい。
Ｃ：私も。
Ｄ：聞いたことはあるけど・・・。
Ａ：みんな、旅行行った時とか、何かのイベント事とか、絶対写真撮るよね？今日は戦争写真家の一ノ瀬泰造氏を通して、いつもとは違った感覚で写真を見てもらおうと思う。そして、彼の生き方や彼の写真越しの思いを考えてもらおうと思います。ではまず、彼の経歴からね。1947年に佐賀県武雄市に生まれました。1970年、日本大学芸術学部写真学科卒業後、アメリカのＵＰＩ通信社東京支局に勤務しました。1972年1月、自費でインド・パキスタン戦争を取材。ちょくちょくお金貯めてたんだろうね。3月には内戦状態のカンボジアに入国し、フリーの戦場カメラマンとして取材を開始しました。この年の6月、政府の言うことを聞かず取材をしたため、カンボジアを強制退去されてます。でも、1年間、隣国ベトナムでベトナム戦争の取材をして、1973年6月にはカンボジアに再入国したんだけど。同年11月には憧れであったアンコールワットの取材を試み、単独潜入。でもその後行方不明になってしまいました。1982年、両親が自分たちの足でカンボジアに行って、死亡を確認したそうです・・・。これがその時の写真。親が子供の頭蓋骨を洗っているのが分かる？
Ｅ：せつないな～
Ｄ：痛々しいよね・・・。
Ａ：では、なぜ一ノ瀬さんが写真に興味を持ちはじめたか。旧日本軍で写真を撮り続け、満州戦線にも従軍した父親の影響で写真に興味を持ち始めたみたい。あと、写真家ロバート・キャパに憧れて、戦争の悲惨さを世界の人々に訴えることの出来る写真を撮りたいと戦場カメラマンになりました。あ、みんなロバート・キャパって知ってる？
一同：知らな～い。
Ａ：スペイン内戦をはじめとする多くの写真を残した写真家です。ここで、本の紹介です。一ノ瀬泰造氏の『地雷を踏んだらサヨウナラ』（講談社、1985年）、これには彼の日記や写真などが載っています。あと、一ノ瀬信子氏の『もうみんな家に帰ろー！26歳という写真家・一ノ瀬泰造』（窓社、2003年）、これには彼の大学時代の写真も載っています。
Ｅ：こういう本の題名って、実際の彼の言葉だって聞いたけど？
Ａ：そうそう。実際に｢地雷を踏んだらサヨウナラ｣と言ったみたいです。
Ｆ：へェ～
Ａ：僕が一ノ瀬泰造さんと出会ったのは、父が彼の本を持っていたことが理由でした。｢これ、読んでみろ！｣と言われて。なんか、小説っぽくなくて、はまったね。そうそう。この本で高校生の時読書感想文書いて、県で賞貰ったんだよ。
一同：笑　おめでと～
Ａ：それでまた一ノ瀬さんが好きになったんだ。
Ｄ：あはは。そういうもんだよね・・・。
Ａ：あ、関係ないけど、昨日父さんの誕生日だった。
Ｆ：おめでとうございます。
Ｄ：昨日は私の妹だったよ。
Ａ：では次に当時のカンボジアの流れを説明します。1965年、シアヌーク国王はアメリカ合衆国との断交を宣言しました。1970年、シアヌークの外遊中に、ロン・ノルがアメリカ・南ベトナムの力を背景に軍事クーデターを決行し、シアヌークは中国に追放されました。その後、シアヌークはポル・ポトらの指揮する共産主義勢力｢クメール・ルージュ｣と共に帰国し、ロン・ノル政権との間で内戦が始まったようです。ポル・ポトって、一度は聞いたことあるよね？
Ｂ：うんうん。
Ａ：アメリカはその後ロン・ノル政権支援のため、ベトナムに派遣していた軍の一部をカンボジアへ侵攻させました。
Ｅ：アメリカってやりたい放題だな・・・。
Ａ：その後も、ポル・ポトの指揮するクメール・ルージュを中心とする解放戦線勢力と政府軍との間で内戦は続きます。1975年、ベトナム戦争が終結しました。アメリカ・南ベトナム軍がカンボジアから撤退したのを機に、ロン・ノルはクメール・ルージュに首都プノンペンを制圧され、政権を奪われました。クメール・ルージュが政権を握っている間、推定100～300万人もの人々が虐殺されたと言われています。こういったことを頭に入れておいて下さい。じゃあ、ビデオを見てもらう前にもう一つ。アンコールワットについても話しておきたいと思います。カンボジアのシェムリアップ地域にあるアンコール遺跡群の中で、最も代表的な石造建築のヒンドゥー教寺院遺跡です。あれ、これって途中で仏教寺院遺跡に代わったのかな？
Ｅ：いやいや。アンコールワットは元来ヒンドゥー教寺院遺跡だよ。ただ、仏教徒が管理してるだけ。
Ａ：あ、そうなんだ。世界遺産にも登録されています。後、知らなかったんだけど、カンボジアの国旗の中央にアンコールワットがデザインされてるんだよ。
Ｂ：うんうん。
Ｄ：ゲームに出てきそうなデザインやね。なんか、敵が出てきそう・・・。
Ａ：では、ここで書簡集『地雷を踏んだらサヨウナラ』に基づいて作られた映画、｢地雷を踏んだらサヨウナラ｣（アミューズビデオ、1999年）を最初の40分だけ鑑賞してもらいましょう。

《一ノ瀬泰造氏がカンボジアを追放されるまでを鑑賞する。当時の戦争の映像や、彼のとった写真も同時に鑑賞することができた。》

Ａ：当時のカンボジアって、兵器を使って戦うっていうよりは、人対人でした。
Ｂ：でもそれって、精神がおかしくなるよね・・・。
Ｅ：そうそう。
Ａ：映画の中にも出てきたけど、ピュリッツァー賞っていうのはアメリカの文化賞で、ジャーナリズム・文学・音楽等の優れた作品に対して年に一回贈られる賞です。その中でも特に写真部門は、報道写真が最も権威があると言われています。あ、沢田教一さんって知ってる？
Ｆ：う～ん・・・。
Ａ：じゃあ、この写真（『安全への逃避』）は？
Ｆ：あ、教科書に載ってた。
Ａ：そうそう。有名だから。沢田さんは、この写真の家族を探しあて、賞金の一部と写真を渡したそうです。やっぱり、写真を撮らせてもらうだけで、自分だけ幸せになれないって・・・。
Ｃ：へェ～、偉いな～
Ａ：ここで、地雷に対しても話しておきたいと思います。地雷がカンボジア内戦で多く使用されたのは、単に殺すのではなく、傷を負わせることを目的としています。殺していまえばほったらかしにされるけど、怪我してる人には手を差し出す。一人怪我したら二人で運び、一人が手当する。そうすれば、３人、戦場から離すことができるからね。
Ｂ：あと、地雷って安いんでしょ？取り除くのには莫大かかるのに。
Ｅ：地雷は国連の安全保障理事会（安保理）の常任理事国がたくさん売っている。一体何を考えているんだ！
一同：（うなずく）
Ａ：戦争終結後にも多くの地雷が残されています。アキー・ラーっていう人は地雷を埋めた過去の過ちの償いとして、地雷博物館を作ったそうです。今度カンボジアに行く機会があれば、見てきたいなって思っています。
Ｄ：お～
Ａ：一ノ瀬氏の写真の特徴は、実際見てもらっても分かるけど、単にインドシナ半島の戦況を伝えるだけでなく、戦争のもとで生きる人々の生活も同時に追い続けました。
Ｂ：私、この写真すき！なんか、温かい感じがする。
Ａ：彼は現地の人と同じ生活を続け、同じ時間を共有していました。被写体と心を通わせ、戦争のもとで暮らす人々の悲しみや喜び、希望や絶望を肌で感じようとしたんだろうね。やっぱり、現地の人々の生きるエネルギーってすごいよね。
Ｅ：私達は生きることが当たり前になってるけど、彼らにとってはそれが当たり前じゃないからね。その分、生きることに一生懸命なんだろうね。
Ａ：｢世界の現実を知りたい。世界をこの目で見てみたい。｣こう思って彼は戦場カメラマンになりました。彼は、好きな写真を撮り続けることに対し、常に誇りと幸せを感じていたんだと思います。私は、｢思いついたら行動！｣っていうのは若い頃の特権だと思う。一つのことに集中することで、また別の側面が見えてくるんじゃないかな？
Ｅ：一見は万言に通ず・・・。
Ａ：初めは、命を懸けてまですることだったのかな？って思ったけど、彼にとっての生きることがカメラで、彼にとっての幸せがまたカメラなのであれば、有りだと思うようになりました。
E：人それぞれ幸せの形が違う。それが、彼のように命を懸けるようなことである人もいれば、もっと日常的なものを追求する人もいる。それはそれぞれ、その人にとっての幸せを見つけるための処方箋なんだよね。
Ｃ：うんうん。
Ｂ：この間、イラクで殺されたコウダショウセイさんもそうだよね。自分の目で世界を見たくて。
Ａ：そう、それ！
Ｂ：私、イラクで人質になった人の講演を聴きに言った時、｢世間から自己責任だ！なんて言われるけど、真実を伝えることが私の自己責任だって思ってます｣っていう一言に感動した。
Ｅ：何があってもその国の国民を守るのが国の責任であるはずなんだけどね。いざって時、自己責任だといって国民を見捨てるような国であれば、そんな国は崩壊している！！！
Ｇ：うんうん。
Ｅ：今回のイラク戦争も、アメリカを通じてでないとほとんど状況や映像が入ってこない。それを暴くのが戦場カメラマンの役割だよね。
Ａ：私は、彼の生涯から“生き方”っていうものを学びました。何かに没頭することの大切さとか。今回、皆さんが一ノ瀬泰造氏という人が、自分の人生を一生懸命突っ走ったっていう事実を伝えられただけでも、大変意義のある時間だったと思います。

《編集後記》
　「何かのことに誇りと幸せを感じて、真剣に取り組んだことがあるだろうか・・・？」と自分を振り返るきっかけをくれた授業でした。その“何か”が、一ノ瀬さんのように命を懸ける戦場カメラやエベレスト登頂である人もあれば、何かのスポーツや学業などの人もいます。このように人が何かに没頭するには、まず、自分の信じたものを信じ抜くことから始まるのだと思います。信じたものを信じ抜く強さを身に付けること、それに誇りを持って立ち向かうこと、それが出来た時に人は幸せを感じるのではないかと思います。そして、本当の強さというものは、自分の決めた目標を達成することというよりはむしろ、自分の決めた目標に立ち向かい続けることだと思いました。この授業が終わった後、なぜか無性に「ああ～、人生って素晴らしい！！」と思いました。

私自身は一ノ瀬泰造氏の生き方に共感できませんが，彼の持っていた情熱には惹かれるものがあります．でもやっぱり，親より先に死んじゃ駄目ですよ．

（鈴木隆泰）

基礎演習 II・IV

アジア文化論研究室

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